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2008年5月

緊張の昼食会

今月末で、フロアの派遣スタッフNさんと社員のIさんが退職することになった。

二人ともおめでたい事に寿退社です。

そして、二人ともフロアに7名いる女性の中では最年少。

(また平均年齢あがっちゃう。。。

すみません、一番上げてるのはこの私です~)

実は私の職場、7名いるおなご衆が二つの派閥に分かれていて、

めっちゃくちゃ仲が悪いのだ。

わかりやすく表現すると、

派閥A代表・Aさん(37歳) ← 組織再編後、GANKOの同部署先輩

派閥B代表・Sさん(32歳)

いつものお昼はお弁当の私も、一応前日にメールでお伺いをたてる。

「明日はお弁当持って来ませんので、NさんIさんと最後のランチするときは

是非参加させてください。よろしくお願いします。(超下手・笑)」

いやいや、本音は面倒くさい事は極力避けたい・関りたくないんだけど。

一応大人の社会人として、本音と建前を使い分けてみる。

そしてAさんの段取りで、日本橋にある中華「アスター」でランチすることに。

普段はお互いを忌み嫌っていて、

特にAさんなんかフロアの洗面所をSさんが使っていると、

わざわざ外に出て八重洲地下街のトイレまで遠征。

同じ部屋で呼吸をするのもまっぴらごめんだわって感じなのです。

派閥の両巨匠以外は、わりとみなさん分別あるのか、

緊張の昼食会はあたりさわりのない会話で難なく終わった。

でも、試練はその後に。

主役の一人、Nさんは午後半休してそのまま東京駅へ。

いっぽうIさんは、会社にお餞別で配るお菓子を購入するため、

もう一人の女子社員Sさんと高島屋へ。

頼みの派遣スタッフ・Tさんは

「私これから郵便局寄って行きます」とそそくさと消える。

がーん。。。

その場に残されてしまったのは、派閥の両巨匠AさんSさんと、

GANKOだけやんか

会社へ戻る道中、話題は寿退社から出産の話題へ。

Aさん「いや~この年になっちゃうと、出産で一度伸びたおなかの皮が元に

戻らなくなっちゃうから。もう出産なんてムリムリ。」

GANKO「でも、ほら最近は化粧品メーカー各社から妊娠線を消す

クリームとか発売されてますからっ!」

(何故か必死のフォロー)

なんか知らないけど、へんな方向に話題が盛り上がる。

でも、信号待ちしている時ついつい本音が出てしまった。

GANKO「でもね、Sさんはまだ軌道修正できるから。

結婚はともかく、真剣に子供が欲しいって考えてるなら行動したほうがいいよ。」

言い終わった次の瞬間、Aさんが激しく反応した。

「ひどいっ!!GANKOさん今"Sさんは"って言ったでしょ?!」

ひょえーーーー

地雷踏んじゃったあぁぁぁ

必死になって謝りたおし&フォローする私。

こわい、こわいよう~。

だってさっきまで自分、妊娠も出産も結婚も諦めてるそぶりだったじゃん。

あれは「そんなことないですよAさん」と言って欲しい前フリだったのか。

(ああーめんどくせーめんどくせー)

会社のビルに到着すると、エレベーターを待つという二人を尻目に

「私階段で行きますね!」

と一目散に立ち去ったのでした。

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限りある時間

土曜日八王子へお茶とお花のお稽古に行くと、

先輩弟子・Kさんの訃報を知らされた。

教室には色んな年代や生活背景の方がいて、

もちろんかなり高齢の方もいるんだけど、

Kさんは私の両親より少し下の年齢の女性。

去年の9月に末期癌であることがわかり、

余命3ヶ月の宣告をされた。

ご本人も、事実を受け入れ向かい合うには

とても勇気が必要だったと思う。

でも、情けない事に私をはじめ周りの第三者のほうがその時は衝撃を受け、

うろたえ、泣いてしまった。

(そんな私達をむしろKさんは冷静に慰めてくださった)

その後、Kさんは抗癌剤による延命治療をいっさい拒否し、

体が自由に動くうちに。。。と、約三ヶ月かけて長女の方と一緒に

遠方に住む親戚や友達を日本中訪ねる旅に出かけられた。

持病の糖尿病の為、若い頃から厳しい食事制限をしてこられたが、

ここ数ヶ月は「食べたいものを好きなだけ」楽しんで食事されていたようだ。

二ヶ月程前から、ご自分の意思で多摩地区にあるホスピスに入院し、

最後は三人のお嬢さん達に看取られて旅立って行かれた。

今日、長女の方が、

Kさんが生前お世話になった人に宛てて送られたお手紙を拝見した。

Kさんの遺言で、お香典の類は一切なし。

生前から充分に子供達と話し合い、

葬儀はごくごく身内の方だけで執り行われた。

ずっと看護師のお仕事をしてこられた長女の方は、

これまで仕事上何人もの患者さんの最期に立ち会ったけれど、

「あんなに穏やかに微笑んでいる人の顔は初めて見ました」

と書かれていた。

自分と自分の両親に重ね合わせて想像すると、

何とも言えない気持ちになる。

でも、すごく不思議なんだけれど、

Kさんの『死』からは潔さ、清清しさ。。。そんな印象も受けた。

実は私たちはみんな終わりのある限られた時間の中で生かされている。

『死=老い』というイメージがあるから、

きっと遠い先の事なんだろうな。。。と漠然と想像し、

人生の残り時間に限りがあることなんて普段はあまり意識しない。

(少なくとも私はそうです。)

遠からず命の終わりが訪れる事をハッキリと知らされ、

受け入れ、行動したからこそ、

最期の瞬間までKさんの命は輝いたのかなって思う。

お手紙を読んで、やっぱり少し泣いてしまったけど、

同時に私は力づけられ、勇気づけられた気がした。

帰りの電車の中で手帳を開き、

今年年頭にたてた目標を何度も何度も再確認する。

今できる事、今やるべき事を先送りにしてはいけない。

「人生こんなもんだ」とお茶を濁せば、

毎日少しずつ心は死んでいく。

実はこの日記、昨日アップしたんだけど考え直して一度消した。

だけど、やっぱり。

これは、怠け者の自分への戒めの覚え書き。

忘れていい事もあるけれど、忘れちゃいけない事もある。

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東海道四谷怪談

夏の怪談シーズンよりひと足早く、

新橋演舞場で上演中の『東海道四谷怪談』を観劇してきました。

四谷怪談といえば真っ先に思い浮かぶのは「お岩さん」。

でも、このお話が実は『忠臣蔵』の裏物語って事は、

今日の舞台の予習をするまで全然知りませんでした。

お岩さんの夫・民谷伊右衛門はじめ、

この物語には塩谷浪人(えんやろうにん=赤穂浪士)や

高師直(こうもろのお=吉良上野介)家臣が登場します。

今日の舞台でお岩を演じるのは、私が大好きな女形・中村福助さん。

(中村橋之助=三田寛子ダンナのお兄様)

弟・橋之助は堅物~って感じがするのですが、

福助さんは色気と愛嬌があって、

一度舞台を拝見してからフォーリンラヴ

歌舞伎の伝統と様式にのっとった演技の中にも、

随所に鬼気迫るものがありました。

たとえば、夫・伊右衛門が子供の着物や身の回りのものまで

剥ぎ取って質に入れようとするのを止める場面。

身を挺して子供を守ろうとする狂おしいまでの母性愛の表現は、

見ていて胸が苦しくなるほど。

(しかし、こういうDVって江戸時代の昔からあったんですね)

最後大詰めは、民谷伊右衛門が手をかけてきた人達の遺族から

仇討ちされるところで幕。

でも、イヤホンガイドによると今日の舞台で原作の6割上演だとか。

(注:4時半に開演し、終演時既に9時近く)

「最後まで上演すると、お客様のお帰りが深夜になってしまいますので、

途中は私におあずけください。」

などという奥ゆかしいイヤホンガイドのおじ様の語り口も粋

平成の現代で、原作どおり通しでこの演目を鑑賞できること

なんてこの先あるんでしょうか。。。

(ワーグナーのオペラ並みです)

観劇後、新橋演舞場を出ると外は雨。

うそ~!!

今日は洗濯日和って天気予報で言っていたのに。

お岩さんの涙雨だったのかな。

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モディリアーニ展・東京ミッドタウン参上!

今日は久しぶりに会う友人Iの誘いで、

国立新美術館で開催中のモディリアーニ展へ行ってきた。

20080511_1

雨の日曜日、のんびり絵画鑑賞でも。。。のつもりが、

朝一だったにも関らずけっこうな来場者数。

入り口には「入場者数10万人突破」の看板が。

へー知らなかったー。

モディリアーニって結構日本で人気あったんだ。

モディリアーニの特徴である極端に細い輪郭、

長い首、撫で肩の肖像画も、何枚も並べて鑑賞すると、

類型的デフォルメの中にモデルの個性や性格が表現されているのがわかって面白い。

しかし、どうも全体的にトーンが暗い感じで、

館内に展示されていたモディリアーニのバイオグラフィーを読んだら、

あまりに悲惨な人生の結末にちょっとテンションが下がってしまった

その中で私と友人Iが唯一気に入って、

展示を一巡した後に「もう一度あの絵を見て出ようか」と

意見が一致したのが同時代の女性画家、マリー・ローランサンの肖像画。

表情に力強さと明るさ、生気があり、パワーをもらえる良い絵。

多分モデルになったご本人は才気煥発、相当気の強い女性だったのでしょう(笑)

美術鑑賞後、友人Iも私もいまだ足を踏み入れた事のない東京ミッドタウンへ。

どこのお店も行列で、私達ランチ難民になっちゃうかもね。。。

と危惧していたけれど、建物に入る早々フードコート発見。

行列もないし、1500円でプレートに好きなお惣菜を9種類取り分ける事ができ、

私たちには必須のアルコールも置いてある~

お腹すいたし、ここにしよう。

http://www.tokyo-midtown.com/jp/shop/103/index.html

20080511_3

赤白三種類ずつ置いてあったワインも、頼むとこころよく試飲させてくれた。

三ツ星レストランでコースをいただくより気が張らなくて中々良かった。

二人でさんざん飲んで食べて、ミッドタウン内のショップを冷やかして回り、

またお茶してしゃべり倒し。

帰る頃にはすっかり雨もあがっていた。

吹き抜けから見下ろしたカフェコーナー。

20080511_2_2

床のタイルと豆粒みたいな人間が、上から見下ろすと一体化して

模様みたいに見え、ちょっと気持ち悪くもあり、面白いなーと。

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人間開発室

私が勤務するビルには、親会社であるホールディングス含め、

子会社・関連会社が1F~13Fまで数社入居している。

今年4月から大規模な組織編制で『Kビル』という会社が同じ

フロアにやってきた。

ところが、会社のイントラに発表された組織再編後の人事を見ると、

何故か本社の総務・人事から1/3位の人員が『Kビル』に異動。

も、同じフロアとはいえセキュリティが厳しいので

個々の会社のカードキーが無いと自由に出入りはできない。

なので、フロアの実態は良くわからないままだった。

そして今日。

私はいつも裏口から出入りしているのだけど、

珍しくエレベーターホールのある方の正面口から入ってきたら。。。

「GANKOさん、GANKOさん!」

と先輩社員のAさん(女性)が手招きする。

(新しい仕事のオーダーかな?)と思って手招きされるまま

通路の方に引き返すと。。。

「なんか臭くないですか?」

「は?」

「なんか人間臭くないですか?」

「え?」

ちょっと不思議なAさんの表現だったけど、

促されるまま通路の奥の扉の開いている「Kビル」の方を見ると、

狭い8畳くらいの部屋にパイプ椅子が50席程びっしり!!

ここって一応オフィスじゃないの?!

机は?電話は?パソコンは~?!

あの~いくら『Kビル』は営業部隊とはいえ、

電話とパソコンと机くらいないと仕事できないんじゃないでしょうか。。。

私の疑問に社歴が長く会社の事情にも通じているAさんは、

いともあっさり解答をくれた。

『Kビル』とは、会社が肩たたきしたい従業員を集め

リストラを行う目的の会社。

だから、机もなけりゃ電話もパソコンもない。

会社はここで社員に目標数字を達成してもらいたいわけではなく、

ひたすら仕事を干して「退職願」を出させる為の我慢比べをするのだ。

。。。うーん、こんな事があっていいのか。

確かに弊社の核となる賃貸斡旋業の方は最近うまく行っていないと聞くけど、

たいしたビジョンや戦略もなくやみくもにガンガン店舗を増やし、

人を雇いまくった経営者の責任は果たしてどうなるの ???

「使えないから」

「成果出せなかったら」

破綻した根本には、絶対経営戦略の失敗とあやまちがあるはず。

それを、こんな風に短絡的に理由付けて、

すべて下の人間に押し付けていいものなんだろうか。

せめて、自分たちの経営の失敗を認めて償い、

解雇する人間には最善の誠意と手当てをできないものなんだろうか。

私は数年前、正社員で勤めていたアウトソーシング会社で、

似たような状況を経験した事を思い出した。

バブル崩壊後、なんだか経営者の品格というか『質』が

劣化したように思うのは私だけでしょうか。。。

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